『ハンス・コパー展』

2010 / 07 / 28 by
Filed under: 展覧会日記 
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『ハンス・コパー展』

『ハンス・コパー展』

平成22年7月28日(水)は夏休を取って新橋・銀座界隈の展覧会をいくつか見てきました。
まず、パナソニック電工 汐留ミュージアムでH22年6月26日(土)~9月5日(日)まで開催されている標記展覧会の話から。

このハンス・コパーという人は、先だって国立新美術館で回顧展が開かれていたルーシー・リーの弟子とのこと。

ルーシー・リーの器も素晴らしいものばかりだったんですが、ハンス・コパーの作品も師匠とは違った方向性でとても素晴らしい輝きを発していました。

以下の2点により、土そのものの存在感というか素材感が強く打ち出されています。

  1. 白、黒、焦げ茶、灰等、ほぼ無彩色のみの着色
  2. ザラザラした表面の質感

1点目。もちろん使った土そのものの色ではなく釉薬で調整した色ですが、より素材の良さを活かしているという印象を受けました。

2点目。表面に何度もスリップ(泥漿=水で溶いた粘土。化粧土とも)をかけては乾かし、表面を研磨したり掻き取ったりという工程を繰り返すことでザラザラした表面を作り出すとのこと。
よほど細かく何度も何度もこれを施しているんでしょう、表面のデコボコが、人の手が入っていることを感じさせない、まるで自然が作り出したかのような良い風合いなんですよ。
今ウィキペディアで調べてみたら、これはスリップウェアという古い時代の技法らしい。

そんな感じで表面的な感じは素材の良さを引き出す、料理で言えば刺身のような印象なんですが、その形状はといえば、実に人工的というか不可思議というか、独特の味わいを持ったとてもユニークなものです。

皿などのように横に広がるものはあまりなく、縦に伸びるポットや花行などがほとんでした。
しかし、それらはただ縦に引き延ばされたのもではなく、基部・底部が細くなっていたり、上部が膨らんでいたりと、かなり不安定な感じです。
またその口は円ではなく、押しつぶして細長くされたものがこれまた多い。便せんを入れようとして、息を吹きかけて開いた封筒みたいな、狭い口のものがあったりする。

また、キクラデス・フォームと題された作品群(古代エーゲ海のキクラデス彫刻に感銘を受けて作った作品)は、非常に細長い陶器で、その胴体を穿つ穴は編棒によるものとのこと。花一輪でさえ差し込めるとは思えない、物を入れることを想定していないんじゃないかという感じ。

陶器と言えば、料理を盛るなり、花を活けるなり、「使うこと」がその存在意義であり、その結果、美的側面はまず機能美・有用の美が先に存在し、だんだんと芸術的な美が付加されてきたものだと思うんですが、ハンス・コパーの作品は、たとえ陶芸本来の目的である「使うこと」を犠牲にしても芸術的美を優先させているといった感じでしょうか。
犠牲にするとは言ってもで決して「使うこと」ができない陶器ではなく、ちょっと不便かもなぁというレベルですが。

とても素晴らしい展覧会でした。これで観覧料が500円だってんだから、実にありがたいです。パナソニック様には足を向けて寝られませんね。

(作品の写真はパナソニック電工ニュースリリース 2010年4月9日より)



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