『オディロン・ルドン ―夢の起源』

2013 / 05 / 08 by
Filed under: 展覧会日記 
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オディロン・ルドン ―夢の起源

オディロン・ルドン ―夢の起源

2013年5月4日(土)、損保ジャパン東郷青児美術館で標記展覧会を観ました。

日本でのルドン人気はなかなかのもんですよね。
つい去年も三菱一号館美術館で個展が開催されたのは記憶に新しいことです。もうちょっと時間を遡れば bunkamura ザ・ミュージアムでも「ルドンの黒」というタイトルで2007年7月28日(土)~8月26日(日)の会期で個展が開催されたことが思い出されます。

また一昨年、上野で開催された二つの展覧会もすぐさま思い浮かぶ。

東京藝術大学大学美術館で2010年10月23日(土)~12月5日(日)の会期でおこなわれた「黙示録―デューラー/ルドン」と、同時期に国立西洋美術館で2010年9月18日(土)~11月28日(日)の会期でおこなわれた「19世紀フランス版画の闇と光 ―メリヨン、ブレダン、ブラックモン、ルドン」。

このようにルドンの展覧会は頻繁に開催されているわけですが、本展ではそれらのルドン展とは一線を画する重要な提示があります。

副題の「夢の『起源』」で示されたとおり、ルドンは如何にしてルドンになったか、とでも言いますか、冒頭の第1章で、作家ルドンに影響を与えた画家、生物学者、版画家の3人が紹介されています。

  • ルドンが最初に師事した風景画家、スタニスラフ・ゴラン
  • ルドンが顕微鏡下の世界に触れるきっかけとなった植物学者、アルマン・クラヴォー
  • ルドンが学問にも絵画にも挫折したときに出逢った版画家、ルドロフ・ブレスダン

これら3人の作品(クラヴォーは精緻な観察スケッチを残しています)をも観ることで、ルドンがなぜあのような作風・画風になったのか、ということに想いを偲ばせることができるわけです。
このため、集められた作品は日本のルドン最大コレクションである岐阜県美術館だけでなく、ルドンの生地であるボルドー美術館からも作品を借り受けているという。
これはなかなか興味深い試みですね。数あるルドン展の中でも特筆すべき視点を持った素晴らしい展覧会だと思います。

しかしルドンの師匠がブレスダンだったというのは初めて知りましたよ。でもまぁブレスダンの弟子ならルドンのあの画風もさもありなんという感じ。おかげで『19世紀フランス版画の闇と光』で観た「死の喜劇」や「善きサマリア人」との嬉しい再会がありました。

それ以外に興味深かったのは、「黒の時代」にもルドンは彩色油彩画を描いていたという事実。
それらは「作者のためのエチュード(習作)」と呼び、基本的に手元に置いていたとのこと。それらはけっこうありきたりの風景画で色彩もオーソドックス。ぶっちゃけ退屈な絵。作品として世に問うものではなく習作という位置づけもさもありなん、という感じで、後の色彩の時代に花開く自由奔放な色遣いからは想像がつかない絵画群でした。

それ以外にももちろん「黒の時代」の暗鬱な版画も「色彩の時代」の美しい油彩画も充分堪能できますよ。

黒の時代からは「蜘蛛(笑う蜘蛛)」「眼は奇妙な気球のように無限に向かう(エドガー・ポーに)」「おそらく花の中に最初の視覚が試みられた(起源)」といった水木マンガの元ネタを楽しめます。
それぞれ貸本版「河童の三平」の魔女花子の母、貸本漫画「地獄」の宇宙船、ガロ版「鬼太郎夜話」の地獄への招き手に引用されています。

奇病にとりつかれ、蜘蛛と化した、魔女花子の母(貸本版「河童の三平」より)

奇病にとりつかれ、蜘蛛と化した、魔女花子の母(貸本版「河童の三平」より)

銀河系帝国進駐軍の宇宙船(「地獄」より)

銀河系帝国進駐軍の宇宙船(「地獄」より)

地獄への招き手(ガロ版「鬼太郎夜話」より)

地獄への招き手(ガロ版「鬼太郎夜話」より)

色彩の時代からはボルドー美術館所蔵、岐阜県美術館所蔵、愛媛県美術館所蔵の3種類の「アポロンの馬車」が並んで展示されており、これはかなり壮観でした。

ルドンの基本を押さえながら、新たな視点も提示されている、実にステキな展覧会です。
会期は2013年4月20日(土)~6月23日(日)。



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