『熱帯夜』

2010 / 11 / 19 by
Filed under: 読書日記 
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曽根 圭介・著
角川ホラー文庫
620円

この文庫には、表題作である「熱帯夜」と「あげくの果て」「最後の言い訳」の3つの短編が収録されています。
以下、それぞれの作品について思うところなんぞをつらつらと。

「熱帯夜」は、ストーリーそれ自体は特に斬新だったり、目を見張ったりというものではありません。
しかし、筋運びにある仕掛けが施してあり、それは実に巧みです。仕掛けに気づいたとたん思わず膝を打ちたくなる見事さで、実に素晴らしい。

この小説には、小説としての愉しみが3つ施されていると思います。
ひとつめは先述の仕掛け、ふたつめは車を運転する女性の末路、最後はラスト。

ひとつめはサプライズ。騙された快感にどっぷり浸れる。ステキ。

ふたつめはカタルシス。我慾の醜さと偶然の残酷というか、因果応報に思い馳せずにはいられない。これもけっこう気持ちいいです。

最後のラストですが、小説の結構的には「どんでん返し」になるでしょう。
帯の惹句にも「そして衝撃のラスト!」とか書いてあります。しかし個人的には賛同しかねるなぁ。
ラストそれ自体は、小説の初めから何となくそうなんじゃないかなと推測できる、というかホラー小説あるいはサスペンス小説として考えたときに、ハッキリ言ってそれ以外のオチはあり得んだろ的な定石中の定石なんじゃないでしょうか。
というわけで最後は、物語として絶対に描写しなければいけないシーケンスだけど、消化試合的な蛇足感も否めない。

とは言え、この小説に施された3つの愉しみのひとつめ、小説自体に込められた仕掛けが、もう「素晴らしい」とため息をつく以外なすすべがないほどの素晴らしさ。実に幸せな時間を過ごさせてもらいました。

「あげくの果て」は、高齢者と若年層の世代間格差、超高齢化社会、特定アジアとの対立等々の現代日本の状況を踏まえつつ、戦時下の日本における高齢者徴兵制度という設定で、プロレタリア小説チックな悲惨社会を描いた作品。
このあまりの救いの無さに暗澹たる気分になれます。

「最後の言い訳」は、ゾンビが当たり前に存在する世界で起きる、切なくも悲しい恋物語。
そのラストはあまりにも虚無で無情な展開であるにも関わらず、その滑稽とすら言って良い描写によって、むしろ爽快とも言える、何とも不思議な明るさを感じさせる作品で、これも面白い。

同氏の角川ホラー文庫1冊目である「」も、表題作のオチはどうなんだ、という気がしないでもないですが、それでも収録された作品のディストピアっぷりや救いの無さが実に不愉快で、この人って本当にニヒリストだなぁ、と、小説を読む愉しみに耽ることができる一冊です。必読。



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