『―妖怪奇譚― 金子富之展』

2011 / 06 / 07 by
Filed under: 展覧会日記 
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『―妖怪奇譚― 金子富之展』

『―妖怪奇譚― 金子富之展』

太田記念美術館で国芳を堪能した後は、原宿から東京へ場所を移します。
行き先は、2011年6月1日(水)に『ジパング展』を見てきたばかりの日本橋高島屋。なぜこんな短期間に2回も高島屋に行ったのか。

『ジパング展』を見た翌日だったか翌々日だったか、Twitter の TL で、『ジパング展』と一緒に標記展示を、日本橋高島屋6階にある美術画廊Xで場所で見てきた、というツイートを目にしました。ブログに感想もアップされておりまして、なんか面白げな印象。これはちょっとチェックしとかなきゃイカンじゃないの町のお化け好きとしては、ってなわけで行って来た次第。
こんな短期間に同じ場所に行くなんて、なんか敗北感に苛まれますが、でも怪我の功名っていうか、おかげでこの日は、江戸の浮世絵師と平成の日本画家、ふたりの作家による時を超えた怪異絵の競演ってな感じのコンセプトで展覧会巡りができたんでした。

たまたまトークショーが設定されている日の、幸か不幸か丁度その時間にぶち当たりまして、絵をゆっくり見る間もなく身動きできなくなりました。仕方ないのでトークショー終わってから絵をゆっくり見ようと諦めた私。

トークショーは作家本人の金子さんと民俗学者の赤坂憲雄先生、そして東雅夫による鼎談。

赤坂憲雄先生は、金子さんの恩師なんだとか。東北芸術工科大学の日本画専攻だそうですが、赤坂先生って芸術大学の教授もしてたんか民俗学者なのに(今は東北芸術工科大学の職は辞したらしい)。

まぁあまり興味を惹かないトークショーだったんですが、収穫はと言えば、どのような思いでこのような絵を描いているのか、ということを作家さん自らの言葉で聞くことができたことですかね。
自らの無意識に潜むモノを、妖怪を媒体として視覚化することがテーマなんだとか。

会場内の観客(どうも話の流れ的に東北芸術工科大学の教授らしい)の感想としての発言でもあったんですが、そういうことなら、これらの絵を妖怪画というふうにレッテル貼りすると、この作家の絵の本質を見誤ることになるなぁ、と私も感じました。

展示内容は日本画として作品化されたものと、ノートに書かれたラフスケッチの二本立て。

作品としては「海魔」と題されたセミクジラを造形モチーフとした絵がダントツのお気に入り。

海魔

海魔

ラフスケッチはスゴいです。鬼気迫る迫力があります。
が、見ていて気になったこともあります。

現代日本において妖怪好きというとたいていは水木しげるチルドレンなわけですが、この人もやはりご多分に漏れず水木チルドレンと見受けた。
ゲゲゲの鬼太郎「大首」に描かれた大首や、「日本妖怪大全」に描かれた土蜘蛛、あるいは「鬼太郎の地獄めぐり(角川文庫)」の表紙に使われた絵などの模写がありました(背景にある石像の顔)。さざえ鬼もあったけど、あれも鳥山石燕ではなく水木しげる絵の模写かも知れない。

つまり描くにあたってその造形の発想源は、水木フィルター越しのもののような印象をとても強く受けました。

まぁ絵描きなんだから、浮世絵や昭和期の妖怪画など(妖怪画以外も)見ているんだろうとは思います。実際「海魔」は浮世絵のセミクジラを参照していることが分るし、「東方の大王」という作品はド・プランシーの「地獄の辞典」を下敷きにしてることでしょう。

東方の大王

東方の大王

とはいえ、水木傾倒度が過度に高そうだなぁ、という印象が拭い切れない(ラフ以外からも、その匂いは嗅ぎとれます)。
これじゃワンパターンに陥るか、短い寿命で終えてしまうんじゃないだろうか、と余計な危惧を抱きました。

「鳥黐幽霊」「白蔵主」「首かじり」「モロク」等々々…… 顔が似通っているせいもあって、印象が全部同じなんだよなぁ。

会期は2011年5月25日(火)~6月13日(月)。



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